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2007.11.15 (Thu)

■ ぼくの名前は「ブタ」っていうんだよ。 ■ 

ポテの小屋さん動物を食べないで下さい。の記事より転載させていただきました。

この物語は、屠殺の映像を見せられない子供たちに《お肉》は生きている動物が殺されて出来るのだということと、犬も豚も同じ知能・感情を持つ動物なのに人間によってその運命を大きく変えられてしまっている姿を解ってもらいたい、との思いでポテの小屋さんが書かれた物語です。

“ぼくの名前は「ブタ」っていうんだよ。”

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ぼくの名前は「ブタ」っていうんだよ。

1ヵ月ほど前に養豚場という所で産まれたんだ。

ぼくにはきょうだいがたくさんいるんだよ。

ぼくの母さんは ぼくたちが産まれる前もぼくたちを産んだあとも
すぐに妊娠させられて子ブタをたくさん産んだんだ。

母さんはいつも身動きできないように寝かされたまま固定されてるんだ。

だから母さんはまだ若いけど足が弱ってしまい1人で立つことも出来ないんだ。

ある日 養豚場に知らないおじさんがやって来た。

ぼくはそのおじさんの家にもらわれていくことになった。

母さんたちとお別れするのは悲しかったけど ちょうどぼくと同じくらいに
養豚場で産まれた仔犬もいっしょにもらわれていくことを知って
ぼくは新しい家族ができるんだと思ってちょっとうれしくなった。

小さなトラックに乗せられておじさんの家にむかっているとき 仔犬は不安そうに

「クーン クーン」とずっと泣いていた。

お母さんと離ればなれになってさみしいんだね。

ぼくも母さんを思い出して思わず泣きそうになった。

でも必死でがまんして

「ぼくがいるから大丈夫!これから一緒になかよく暮らそうね。」

って仔犬に言ったんだ。

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おじさんの家に着くと ちいさな女の子がぼくたちを出迎えてくれた。

「かわいい!!名前をつけなきゃ!」

女の子はまず仔犬を抱き上げて

「あなたの名前は・・・毛がモコモコしてるからモコちゃん!」

そう言って仔犬をなでなでした。

「それから こっちの子の名前はと・・・」

そう言いながらぼくを抱っこしようとしたとき となりでおじさんが

「そっちは食肉用のブタだから名前はつけなくていいよ」
って言ったんだ。  

女の子はぼくを抱っこするのをやめた。

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食肉用のブタ・・・

ぼくには何のことだか分からなかった。

「さあ 家に入ろう」

そう言っておじさんはモコちゃんを女の子に手渡した。

女の子はモコちゃんをだいじそうに抱きながら家の中へ入っていった。

ぼくはおじさんの家ではなく 家の裏にある小さな小屋に入れられた。

そこは屋根はあるけど横から風がピューピュー入ってきて 
ぼくは寒くてガタガタ震えた。

夜になると寒さはますます厳しくなって ぼくは寒くて淋しくて涙があふれてきた。

いつもおしくらまんじゅうみたいにくっついていた兄弟たちも母さんもここにはいない。

ぼくは悲しくて帰りたくて大声で泣いた。

「ブウ~ ブウ~ ブウ~ ブウ~」

しばらく泣いているとおじさんが怖い顔をして家から出てきた。そしてぼくに近づくと

「うるさい!静かにしろ!」

そう言いながらぼくの背中や足を棒で思いきりたたいた。

ぼくはあまりの痛さにうずくまり声も出なくなった。

ただ目から大粒の涙が次から次へとこぼれていった・・・。

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何日 何週間 何ヶ月たったのだろう。

ここへ入れられてからぼくは一度も外へ出たことがないんだ。

ぼくはまだ子供だけど体はずいぶん大きくなった。

ぼくの食べているえさには体を早く大きくさせる薬が入っているんだって。

ぼくの体がまだ小さかった頃は ときどき女の子とモコちゃんがぼくを見に来てくれた。

モコちゃんはいつもいいにおいがした。

お風呂に入れてもらってる って言ってた。

ぼくの体が大きくなってからは 女の子はぼくのそばに来てくれなくなった。

ぼくが臭いからいやなんだって。

ぼくはいつも女の子とモコちゃんの遊ぶ姿を遠くから眺めるだけだった。

そんなぼくにも ひとつだけ楽しみが出来た。

ぼくが食べ残したえさをすずめたちが食べにきたんだ。

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時々 ぼくの背中に乗ってくすぐったいんだ。

でもぼくは嬉しくて嬉しくて 「ずっといていいよ。」

って言うんだけどすずめたちはえさがなくなるとまたどこかへ飛んで行ってしまうんだ。

だからぼくは毎日えさをたくさん残すことにしたんだ。

すずめたちが毎日来てくれくように・・・。

ある日 突然1台のトラックがやってきた。

荷台にはぼくと同じくらいのブタたちがぎゅうぎゅうづめに乗せられていた。

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中から知らない男の人が二人降りてきて おじさんと少し話したあと
ぼくのほうへ歩いてきた。

男の人は二人がかりでぼくを持ち上げてトラックの荷台へほうりこんだ。

どこへ行くのか みんな知らなかった。

何時間もトラックでゆられてぼくはのどがカラカラだった。

下敷きになっているブタはぐったりと目をとじたままだ。死んでしまったのかもしれない。

大きな黒い建物の前にトラックが着いたのはもう次の日の朝だった。

ぼくたちは荷台から降ろされた。

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ぼくはよろよろしてうまく歩けなくなっていた。

すると男の人が先のとがった棒でぼくのおしりを突いた。

「ブヒィ~」

あまりの痛さにぼくは必死で歩いて建物の中へ入っていった。

中へ入ると そこは血の臭いで充満していた。

目の前には逆さづりにされたブタたちが血を流してぶらさがっていた。

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そのとなりでは巨大な釜に熱湯がグラグラと沸かされ
まだ意識のあるブタが生きたまま放りこまれていた。

ぼくは必死で逃げようとした。

大声で泣きわめいた。

でも金属の棒で何度も何度もたたかれぼくは動けなくなった。

そして ほかのブタと同じように逆さづりにされた。

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ぼくは死にたくなかった。

ぼくは誰からも愛されなかった。

でもぼくは いつかきっと自由になって広い野原を走りまわれる日がくると信じていたんだ。

ぼく いい子にしてたよね・・・

ぼく いっぱいがまんしたよね・・・

それなのに・・・  どうして・・・?


そう思った瞬間 男の人がナイフでぼくの首を切った。

ぼくの首から体中の血が流れ出ていくのがわかった。

ぼくはもうろうとする意識のなかで ぼくがやりたかったことを思い描いたんだ。

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モコちゃんといっしょにお散歩しているぼく・・・

すずめたちといっしょに自由に外を走りまわっているぼく・・・

そして・・・おんなのこになでなでしてもらっているぼく・・・


意識は次第に遠のいていった。

ぼくね    もし今度生まれ変われたらね・・・

     ぼくはね・・・       ぼくは・・・

               ぼく・・ は・・・

【あとがき】

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子ブタは死にました・・・。そして解体されスーパーの精肉コーナーに並べられました。

名前もなく 誰からも愛されず 一度も野原を走ることさえ許されず 
ただただ人間に食べられるためだけに生まれ 生かされ 殺された命・・・。

この物語は 子供にも読んでもらえるようにかなり柔らかい描写で書いてみましたが
実際の畜産動物たちは 工場畜産という管理下に置かれ、そこではもはや
動物ではなくとして扱われ 私たちの想像を絶する非常に苛酷な状況を
強いられています。

屠殺の方法も全然安楽死なんかじゃありません。

子ブタの彼と仔犬のモコちゃんとでは 同じ動物でありながら何故こんなにも
待遇が違うのでしょう?

ブタも犬や猫と同様にとてもかしこく 人によくなつきます。

ある実験ではブタは犬よりも知能が高いことも証明されています。

犬や猫たちの虐待のニュースなどを観て 心を痛める人は多いと思います。

それなのにどうして畜産動物たちにはこんなに無関心でいられるのでしょうか?

豚や牛や鶏たちは切ってもたたいても痛くないと思っているのでしょうか?

豚も牛も鶏も食べ物ではありません。

彼らが、文句も言わず反乱も起こさず仕返しもしてこないのをいいことに人間は
勝手に彼らを搾取し、支配し、食べ物に仕立て上げてしまったのです。

豚も牛も鶏も羊もヤギも  私たち人間と同じように痛みを感じ、喜び、
悲しみ、苦しみ、それぞれが個性あるかけがえのない命なのです。


 作:ポテの小屋さん


この物語を読んで、肉食を止めて約1年、さらに“ビーガン”に成れるよう努力しようと思いました。

工場畜産は犬猫たちの殺処分や虐待・毛皮・動物実験の問題に比べ、人間の生活に溶け込んでおり、食といった面から気付かないのか気付こうとしないのか、なかなか理解していただけない問題です。
ただ、自然界のように生きるために自ら狩をして食べるならば、互いに〝命〟をかけ〝命〟を食し〝命〟の重みを感じているでしょうが、今の人間の食には、その〝命〟の重みは感じられません。
全て〝金〟を媒体とし〝金〟を出して食べる。
〝金〟の為に〝命〟をつくり〝命〟を売る。
「生きる為」、「生活の為」と言われるでしょうが、〝命〟を売ったり、食べないと生活できませんか?

菜食を押し付けるつもりはありませんが、食べない事によって少しでも〝命〟を救うことが出来ます。
誰にでも出来る〝動物愛護〟ではないでしょうか?

※食べる方も〝命〟の重みを感じてください。



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