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2010.05.26 (Wed)

■ 肉を食べてて何が言える ■ 

ニュース記事より抜粋

牛は処分を察してか悲しい顔をする

 県内のある農協職員は、殺処分の担当者らの苦悩を代弁した。特に牛には表情があり、処分を察してか悲しい顔をするのだという。「涙を流した牛もいた、そう涙ながらに報告した職員もいた」。交代で3日おきに現場へ行くが、「いつまでこの過酷な状況が続くのか」と精神的にも肉体的にも多くの職員が追い込まれている。死に行く動物を見るのもつらいが、作業を見守る畜産家の人たちの苦渋の表情を見るのはさらに辛いとも話しているという。

 県や農協の担当者は、作業にあたる人たちへの「心のケア」の重要性を指摘する。さらに、「殺処分が半分しか進んでいない」といった「無責任な批判」に対し、処分の大変さやその現実を訴えたい気持ちもある。が、そうすると「残酷だ」との批判が寄せられることになる、とのジレンマに頭を悩ませている。




“命”を奪うことが、肉体的にも精神的にも楽で簡単なはずが無い。

人間が“食肉”って物のように接しているのは、まぎれも無く人間と同じ“命”なんです。

「死に行く動物を見るのもつらい」「残酷だ」など少しでも殺されていくどうぶつ達の殺される事に抵抗を感じる方は、肉食を止めてください、減らしてください。

「口蹄疫」問題で殺される命も食肉として殺される命も、同じ残酷な殺され方をします。

肉食は残酷な行為に加担する行為です。

自分で殺して食べる勇気が無ければ、食べないべきである。

多くの人が肉食を正当化する。
自ら殺して食べる勇気のある者のみが、その“食物連鎖”を口にできるのだと、私はいつも思っています。

だから私は食べません。

食肉として堵殺される牛は“涙を流します”

どうぶつも人と同じ“悲しみ”も“恐怖”も“痛み”も感じます。

肉を食べてて何が言える

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